身近な人たちへの「聞き書き」をまとめたZINE『とまれみよ』を制作し、販売するようになってから「聞き書き」に関する問い合わせを頂くことが増えました。どうやってやるのか、という質問がぽつぽつと届きます。質問されることで私の中で改めて考えることも多く、ありがたいなと思っています。
「聞き書き」に興味はあるけれどどうしたものか、と思ってらっしゃる方がいることも静かに確認できているので、私の「聞き書き」のやり方やそれを通して感じていることを書き記してみようと思います。質問するというのは緊張を伴う行為だと思うので、それを乗り越えて質問してきてくださった方々やこれから質問しようとしている方へ感謝と敬意を込めて。
私は「聞き書き」の発明者でも第一人者でも無いので方法について書き記すのは恐縮なのですが、いち「聞き書き」ファン、「聞き書き」好きとして、興味のある方がもっと気軽に「聞き書き」をはじめてくださったら嬉しいなと思っているので書くことにしました。私は初対面の人に行う一度きりの「聞き書き」ではなく、同じ人のもとに通って少しずつ話を伺う「聞き書き」をよくしているのでそれをもとにした体験談です。あくまで私個人のやり方ですので、こうしなくてはいけないというものではありません。ネット上や書籍を探すと様々な「聞き書き」の方法論も出て来ると思います。そのうちのささやかな一つとしてご覧ください。
(祖母から話を聞かせてもらった後は、一緒に庭いじりをすることが多いです)
◎「聞き書き」とは
はじめに、「聞き書き」とは読んで字の如く聞いたことを書きとめることです。
インターネットで『聞き書きとは』と検索すると
話し手の言葉を録音し、一字一句すべてを書き起こして、ひとつの文章にまとめる手法です。(環境省_山海ネットより)
と出てきました。
一般的なインタビューと少し違うのは、録音した音声を一字一句書き起こすことです。
そして、「聞き書き」は語り手(話し手)の一人語りになるように編集されることが多いです。私も最終的には一人語りになるように文章をまとめています。
◎「聞き書き」に必要な物
話を聞きに行く際に私が持っていく物は、
- 録音できる機器(ICレコーダーやスマートフォン)
- ノート
- ペン
です。
必須ではありませんが、カメラ(スマートフォンでも可)があると記録写真も残せるのでより良いと思います。
録音してはいますが、話の流れや聞いている間に気になったことなどはノートにメモするようにしています。初めてお話を伺う場合には緊張するので自己紹介でお伝えしておくべきことやお話を聞かせて頂きたい理由などをノートにメモしてから伺うと安心です。
聞いた話を書き起こしたりまとめたりする際に私が使う物は、
- パソコン
- イヤホン
- 録音した音声のデータ
- ノート
- 紙
- コピー機
- 付箋
です。
私は、ICレコーダーにイヤホンを繋いで音声を聞きながらパソコンで書き起こしをしていきます。話の流れを復習する際に、お話を伺ったときに持参したノートを見ることがあるのでノートも用意しておきます。一人語りにまとめる際には、書き起こしをプリントアウトして付箋を使ってトピックごとに整理します。
◎「聞き書き」の手順
●話を聞いて書き起こす
私が話を聞きに行ってから書き起こしをするまでを順に紹介します。
祖母に話を聞きに行ったとある日の様子です。
ICレコーダー、ノート、ペン、カメラを持って祖母宅へ。
まず台所で祖母が炊いたフキを味見させてもらい、淹れてくれた珈琲を持って居間へ移動します。
(あつあつのフキ。美味しかったです)
ICレコーダーを机の上に置いて、珈琲を頂きながら話を聞かせてもらいます。せっかくなのでまずはフキの処理の仕方やフキは昔から食べていたのかなどを聞きました。その日目の前で起きたことをきっかけとして話を聞かせてもらうことが多いです。
(絵や図を描いたり描いて貰ったりしながら話を聞くこともあります)
その後、写真を見ながら昔暮らしていた山での生活の話や山仕事に関する話を30分程度話を聞かせてもらいました。だいたい20分から1時間程度話を聞かせてもらうことが多いです。あまり長いと疲れさせてしまうのでほどほどに。
(偶然撮っていた写真に祖母が育った山が映り込んでいたのでそれをもとに話を聞きました)
帰宅後、聞かせてもらった話を書き起こします。
ICレコーダーにイヤホンを接続し、音声を聞きながら手入力していきます。書き起こしの際にgoogleドキュメントの音声入力を使うこともありますが、祖父母への「聞き書き」の場合は音声入力では方言を拾うのが難しい為、手入力をしています。書き起こしはできるだけ早めにするようにしていますが、溜まってしまうこともしばしば。
書き起こしが終わったら、とりあえず保存。フォルダ名は話を聞いた日付と場所を書いておくことが多いです。
ZINEにまとめたりどこかに寄稿したりする際に一人語りに編集します。トピックが拾いやすいように、冒頭に『山での生活』『家族の話』など書き起こした話の簡単なまとめを書いて保存しておくのがおすすめです。何かにまとめようとする頃には何度も重ねた分の語りの記録(書き起こし)が溜まっているので、それぞれプリントアウトし付箋を使いながらトピックごとに整理します。それをもとにパソコンで文章をつくっていきます。別の日に聞いた話であっても繋がりがあれば編集する際に組み合わせることもあります。
一度きりの「聞き書き」の場合は語り手の情報(フルネーム、生年月日、話を聞いた場所など)を書くのを忘れないようにしましょう。
●書き起こしを一人語りに編集する
先ほども書いたように、別の日に聞いた話でも繋がりがあれば組み合わせることもあるので編集の過程を細かくお伝えするのは難しいのですが、書き起こしの文章から一人語りの文章にするまでの例を紹介します。
幼少期を山の奥深いところにある集落で過ごした祖母に山での生活について聞いたときの一端を例にします。
〈書き起こし〉録音したデータをただ書き起こした状態。私と祖母の発言も分けています。
私:昔は塩を台所に干してたって言っちょったよね。ザルか何かに入れてさ...
祖母:干してたっていうか昔はほら湿気があってアレするから、こんげな三角のカゴに入れて吊しちょったわ。湿気がすたんすたん水が落ちて、その落ちてきたつがにがりじゃ。して、それでお豆腐つくりよりゃった。母ちゃんが。
私:湿気のある状態で売ってあって、買ってきてから干して水気をとって使うと?
祖母:そうそう。にがりもつくりよりゃったわ。
私:料理に使うときは、干してるカゴからすくってきて使うと?
祖母:そう。汁気がとれてさらさらになったら他の容器に移してね。じゃかい梅雨の時期なんかはしっとりしてるから、それからすたんすたんと落ちよったわ。にがりもいっぱいはとれんかったね。たしかにがりでそれをつかいよりゃったっちゃ思うよ。塩も。
私:山の中までどうやって塩を売りに来てたっちゃろうね。
祖母:布袋に入れて買ってきて大事に使いよりゃったっちゃねえかあ、塩も。貴重品じゃったっちゃが、多分。山の中じゃったらね。水気が湿気があってそれがあれすれば三角のカゴに入れて下げちょりゃったがね。
〈少し整える〉重複している言葉や文脈上意味を持たない言葉を削除します。「それ」「あれ」などを具体的な単語に変えます。
私:昔は塩を台所に干してたって言っちょったよね。ザルか何かに入れてさ...
祖母:干してたっていうか昔は塩に湿気があったから、三角のカゴに入れて吊しちょったわ。すたんすたん水が落ちて、その落ちてきたつがにがりじゃ。にがりでお豆腐つくりよりゃった。母ちゃんが。
私:湿気のある状態で売ってあって、買ってきてから干して水気をとって使うと?
祖母:そうそう。にがりもつくりよりゃったわ。
私:料理に使うときは、干してるカゴからすくってきて使うと?
祖母:そう。汁気がとれてさらさらになったら他の容器に移してね。梅雨の時期はしっとりしてるから、カゴからすたんすたんと落ちよったわ。にがりもいっぱいはとれんかったね。たしかにがりでそれをつかいよりゃったっちゃ思うよ。塩も。
私:山の中までどうやって塩を売りに来てたっちゃろうね。
祖母:布袋に入れて買ってきて大事に使いよりゃったっちゃねえかあ、塩も。貴重品じゃったっちゃが、多分。山の中じゃったらね。湿気があるから三角のカゴに入れて下げちょりゃったがね。
〈一人語り〉聞き手の言葉を削除します。語り手の言葉が繋がるように入れ替えたり削除したりします。
昔、塩は布袋に入れて買ってきて大事に使いよりゃった。山の中では、塩は貴重品じゃった。買ってきた塩には湿気があったから、三角のカゴに入れて台所に吊しちょったわ。すると、カゴの先から水が落ちてくる。その落ちてきたのがにがりじゃ。梅雨の時期はしっとりしてるから、カゴからすたんすたんと落ちよったわ。母ちゃんはにがりでお豆腐もつくりよりゃった。湿気がとれてさらさらになったら他の容器に移して使ってた。
字数制限が無い場合は、私はこのように〈書き起こし〉を〈一人語り〉へ編集します。残す部分、削る部分は人それぞれですし、どこを残すかに個性も出るのでその点も面白いなと思います。
ここまで、私の「聞き書き」のやり方を具体的に紹介しました。ここからは「聞き書き」をはじめる上で迷われる方がいるかもしれない〈誰に話を聞くのか〉〈どんな話を聞くのか〉という点について書いていきます。
◎誰に話を聞くのか
「聞き書き」は語り手と聞き手がいて成り立ちます。では、誰に話を聞きに行くのか。
- 親族(親、祖父母、曾祖父母、兄姉など)
- 興味のある技術を持っている人(職人など)
- 自分の知らないことを体験している人(戦争体験者など)
これまでに私に「聞き書き」に関する質問をしてくださる方は上記のような方々へ話を聞きたいという方が多かったです。
私は現在、自分の祖父(昭和9年生まれ)と祖母(昭和14年生まれ)を中心に「聞き書き」を行っています。ZINE「とまれみよ」vol.1とvol.2は祖父母への聞き書きをまとめたものです。「聞き書き」は高齢者や血縁関係の無い人を語り手として話を聞くことが多い印象があるのですが、私は自分が興味のある人であればどなたでも良いと思っています。自分が生まれる前の社会を生き抜いてきた人や行ったことの無い土地で育った同年代の人、日頃の振る舞いから何かが滲み出ている人など、話を聞いてみたいと思うのであれば年齢は気にせずにお願いしてみるのが良いでしょう。
(身近な人たちへの聞き書きを通して感じていることをまとめた記事もあるのでよろしければこちらをどうぞ)
私が「聞き書き」をお願いする際に大事にしているのは、私自身が知りたいと思っている人にお願いするということです。語り手の知名度や経歴の特殊さ、語りの上手さではなく、あくまで私自身の相手への興味を軸に誰にお願いするかを決めています。貴重な時間をつかって話をしてもらうことになるので、気持ちよく話して貰う為にもこちらが興味を持って話を聞くのは最低限のマナーでもあると思います。(マナー云々を考える暇も無いくらい、熱中して話を聞いてしまうことがほとんどなので、結局マナーを守れているのかは少し心配ではあるのですが…)
具体的に聞きたいことがあるというわけではなくても、その人のことを知りたいと思う気持ちがあるから「聞き書き」をお願いするということがあります。私が今一番時間を掛けて行っている祖父母への「聞き書き」のきっかけはまさにそれです。ただ知りたいから、という理由でこつこつと話を聞き続けています。語り手さえ了承してくだされば、具体的な問いが無くても「聞き書き」をはじめることはできるので、誰に聞くかを迷っている方は自分が知りたいと思っている人のことを思い浮かべてみるのも良いかもしれません。
◎どんな話を聞くのか
どのように生きてきたのか、など個人的なエピソードを伺うことが多いです。最初もしくは事前に生年月日を伺って、だいたいどのような時代を生きてきたのかを把握しておくとスムーズに聞ける話もあるのでおすすめです。
私が初めて「聞き書き」を行う場合は、
- どこで生まれたのか
- どんな環境で育ったのか(家族構成、両親の生業、居住環境など)
を伺った後に、子ども時代から順々に話を聞いていくことが多いです。
私は一度きりの「聞き書き」ではなく、同じ人のもとへ通って少しずつ話を集めていく「聞き書き」を行うことがほとんどなので、『これを聞こう』という目標をあまり持たずに流れに任せてお話を伺うことがほとんどです。もし語り手の生業や体験に関して具体的に聞きたいことがあるという場合でも、その生業や体験に辿り着くまでに何があったのかを話して貰える範囲で聞いていくことは大切だと思います。
先ほど少し触れたように、具体的な問いがなくても「聞き書き」をはじめることはできます。語り手のことが知りたいという気持ちを中心に置いた場合、語り手からこぼれてくる言葉をただただ受け取るというだけで満たされるものがあります。キャッチーな言葉や人生観を聞き出す必要はなく、語り手が話したいと思うことを話して貰うのが良いなと思っています。
語り手が話したくないことを無理に聞き出す必要もありません。上手く言葉にできないこと、思い出せないこと、思い出したくないこと、それぞれまだ開けたくないなと思っている記憶はありますよね。それをこじ開ける必要はないと思います。「聞き書き」を重ねているうちに思い出したり話したくなったりしたらそのときに伺えば良いですし、もし最後まで聞くことができなくても『そういうこともあるよな』と思っています。
同じ人に何度か「聞き書き」ができる場合は、前回伺った話の中に登場したものや地域、事柄について調べて分かったことを話したり、写真やゆかりのある物などを持って行ったりすると一気に記憶の扉が開くことがあります。私はよく、話に出てきた地域の写真を図書館などにある郷土資料から探して持って行きます。それに加えて、時間を空けることで語り手が前回は思い出せなかったことを思い出して話してくれることもあります。その時には思うように話が聞けなかったとしても、問いかけによって種を蒔いておくとしばらくして話の芽が出て来ることがあり、その瞬間が「聞き書き」の面白さの一つでもあるなあと感じます。
(最近、祖父は話すときに手をこのような形に組みます)
私の「聞き書き」の方法や工夫している点などをまとめてきました。それぞれ気になった箇所や印象に残っている箇所はありますか。あくまで私のやり方なので、これからはじめる方は自分なりのやり方を見つけながら楽しんでください。
ここまで書いてみて改めて思うのは、私は種を蒔く対話とそれを一字一句書き起こす〈書き起こし〉という工程が気に入っているから「聞き書き」がしっくりきているのだろうなということです。
◎種を蒔く対話
明確な目標やゴールを決めずに流れに任せて進む「聞き書き」の対話では、時を経ることで言葉が返ってくることがあります。
先日、祖父に幼少期に飼っていた猟犬について話を聞きました。その日は「どうやったかなー」という答えであまり詳しくは聞けませんでした。80年近く前の記憶なので仕方ありません。後日、別の話を聞いていたら猟犬について思い出したこともポツポツと話し出してくれました。こういうとき、私は以前の対話で蒔いた種の芽が出たなと感じます。
普段の何気ない会話でも、誰かから貰った言葉や問いがじわじわと染みこんで時間が経ってから理解できたり答えのようなものが出てきたりすることがありますよね。会話の中に蒔かれた種が時を経て発芽するような感覚です。どんな問いやそれを染みこませるための沈黙にも無駄はないのだなと思えて、心強くなります。わかりやすい収穫がなかったとしても、「今日は種を蒔いたんだ」と思ってまたこつこつと対話を重ねています。
◎切り取り線の内と外
そんなかけがえのない対話を通して他者の人生の記憶を辿り、書いて残そうとするとき、書くことと書かないことのバランスに悩みます。何を書き、何を書かないのか、をじりじりと考えていることが多いです。まるっとそのまま誰かに伝えるのは難しく、どこかを切り取って伝えることになるのですが、その切り取り線からはみ出た事柄も忘れたくないし、はみ出た部分が私にとっては大切なものになることも多々あります。そして、他の人の文章やつくったものを見ているときもその人の切り取り線からはみ出た事柄に勝手に思いを馳せてしまいます。
そんな性格なので、聞いたことを一旦全部書き起こしてから切り取る(編集する)「聞き書き」という手法が私にはとてもしっくりきているのかもしれません。「聞き書き」をする上で恐らく最も時間の掛かる工程が〈書き起こし〉なのですが、もう一度話を聞き直して文字に起こしていくという反芻の時間が私にはとても重要です。〈書き起こし〉をすることで、語り手と聞き手(私)の対話を俯瞰することができ、最終的に自分が何を切り取って何を残したのかをしっかり認識することもできます。切り取り線の内と外を覚えておくためにも〈書き起こし〉に時間を割く「聞き書き」という手法を今は信頼しています。
◎最後に
「聞き書き」をしていると迷うことも多々ありますが、それ以上に自分が知りたいと思っている人の言葉を聞くことや残すことへの喜びが大きいです。祖父母への聞き書きはかれこれ10年近く細々と続けていますが、驚いたり困惑したり感心したり…今でも毎回刺激を貰っています。お互いにとって良い時間にできるように学び続けながらこれからも「聞き書き」を楽しもうと思います。これを読んでくださった方の中で少しでも「聞き書き」に興味のある方はぜひ気軽に楽しんでください。知りたいと思った人の事を知る喜びはするするっと逃げていくものでもあるので、味わえるうちに味わいましょう。私も引き続き味わい、精進します。他の方の「聞き書き」のやり方もとても参考になるので、もしよかったらあなたなりの「聞き書き」のやり方もいつか教えてくださいね。
「聞き書き」や ZINE「とまれみよ」に関して質問がある方は、『contact』よりお気軽にお問い合わせください。
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